アートの広場 Vol.10 『まどのそとのそのまたむこう』

モーリス・センダックの『かいじゅうたちのいるところ』は、今は名作として
揺るぎない名声を得ているが、実は当初「議論」を呼んだ作品だった。
何しろ子供にとって大事な食事を与えられず、物置に閉じ込められるわけだから
重大な訳である。他にも絵本として異例なのは、数少ないページで語られる「絵本」の性質上、表紙に「主人公」が出ているのは当たり前。なのに「いない」のである。

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「かいじゅうたち」も、いかにも怖そうである。その原語は Wild things ?「ワイルドなもの」って何だ? 他者としての「クマ」であるかもしれないし、父親でありセンダックの家に集まっては家中の食物を平らげて帰っていく親戚の大人たちかもしれない。
実は心の中のコントロールできない何かを造形していると見るのが妥当だろう。
ここが画期的な所以で、子供の内面を描くなどという事は絵本の仕事とは思われていなかった時代に、子供は汚れなき存在としてステレオタイプの「善者」良きものという枠をはみ出して描かれている。表紙も、こうしてみるといたずらな主人公マックスの心を描いていると、初めて分かる。
だが、物語としては、冒険して一回り大きくなって帰ってくるという
「行って帰ってくる」ストーリーの基本通りで、最後は温かい食事が待っている。
また、センダックは多くの画風を遍歴している。この『かいじゅうたちのいるところ』
の絵だけと思い込んでいると、先の影響受けたコールデコットなどのイギリスの古典
ヴィクトリア朝の影響が思い浮かばない。
ここでもう一つの代表作『まどのそとのそのまたむこう』を見ると対比的にも面白い。
絵の違いも大きい。絵についてはもう一回後で触れるとして、物語面では、男の子が他者と出会ったり戦ったりして成長して帰ってくる。というのに対して、女の子はお使い(お手伝い)を終えて帰ってくると、小さいお母さんになっている。という違い、成長の中では、小さい女の子がお母さんごっこをしているときに「自分の事もできないくせに!」と、怒ってはいけない…。

 

 

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